友綱親方の現在は?元魁聖の襲名経緯と大島部屋への改称、名跡交換の真相を徹底解説
2026年現在、元関脇・魁聖の友綱親方はどこで何をしているのでしょうか。現役引退後も相撲界に残り、後進の指導に携わっていることは知られていますが、引退当初の所属先だった大島部屋と、現在の所属先には違いがあります。日本相撲協会の公式プロフィールによると、友綱一郎親方は現在、浅香山部屋に所属しています。
友綱親方をめぐる経緯を理解するには、2022年の現役引退と年寄「友綱」の襲名だけでなく、元関脇・旭天鵬と元関脇・魁輝の名跡交換、友綱部屋から大島部屋への名称変更を整理する必要があります。江戸時代から続く年寄名跡と、実際に力士を育てる相撲部屋は、密接に関係しながらも同じものではありません。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:元魁聖の友綱親方は2022年8月に現役を引退して年寄「友綱」を襲名し、2023年6月に浅香山部屋へ移籍した。
- 要点2:友綱部屋から大島部屋への名称変更は、元旭天鵬と元魁輝による名跡交換と、2012年に閉鎖された大島部屋の再興に関係している。
- 要点3:2026年現在の友綱親方は大島部屋の師匠ではなく、浅香山部屋付きの親方として相撲界で活動している。
【2026年最新】友綱親方の現在は?所属部屋と相撲協会での役割
元関脇・魁聖の友綱親方は、現役引退後も日本相撲協会に在籍し、後進の指導に携わっています。2026年10月時点で、日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている所属部屋は浅香山部屋です。
引退直後の所属先は大島部屋でした。その後、2023年6月に浅香山部屋へ移籍しています。このため、「友綱親方は現在も大島部屋に所属している」という理解は、引退当時の情報と現在の情報が混在したものです。
日本相撲協会の年寄プロフィールでは、友綱一郎親方の基本情報として、次の内容が確認できます。
- 年寄名:友綱一郎
- 本名:菅野リカルド
- 生年月日:1986年12月18日
- 出身地:ブラジル・サンパウロ
- 現役時代の最高位:関脇
- 現役引退場所:2022年9月場所
- 現在の所属部屋:浅香山部屋
また、日本相撲協会の職務分掌では、友綱親方は「主任」に位置づけられ、指導普及部・社会貢献部の職務を担当しています。単に元力士として協会に在籍しているだけでなく、相撲の普及や協会の業務にも関わる立場です。
なお、年寄「友綱」を名乗っていることと、友綱部屋の師匠であることは別の問題です。現在の友綱親方は、部屋を経営する師匠ではなく、浅香山部屋に所属する部屋付き親方です。この違いが、検索結果や古い記事を読む際の大きなポイントになります。

【元関脇・魁聖】引退から友綱親方への襲名までの経緯
友綱親方は、ブラジル・サンパウロ出身の元関脇・魁聖です。日本相撲協会の公式記録によると、2006年9月場所で初土俵を踏み、2010年7月場所で新十両、2011年5月の技量審査場所で新入幕を果たしました。
魁聖はブラジル出身力士として初めて幕内に昇進した力士です。194センチを超える長身と大きな体格を生かし、右四つや寄り、押しを得意としました。2016年5月場所には新三役となる関脇に昇進し、幕内では敢闘賞を3回受賞しています。
一方、現役終盤は成績の低迷に直面しました。2022年7月の名古屋場所では東十両11枚目で5勝10敗となり、秋場所の番付では幕下筆頭に転落しました。関取として長く活躍してきた魁聖にとって、現役を続けるかどうかを判断する転機でした。
スポーツ紙の引退報道では、魁聖自身が、けがによって番付を落としたというより、以前のような相撲が取れなくなったことを引退の判断材料として説明しています。十数年にわたり関取を務めてきた力士が、自らの競技人生を見つめ直して下した決断でした。
日本相撲協会は2022年8月29日、魁聖の現役引退と年寄「友綱」の襲名を発表しました。これにより、魁聖は友綱親方として新たな道を歩み始めます。
日本相撲協会の公式記録に掲載されている生涯戦歴は590勝592敗37休、94場所です。幕内戦歴は406勝457敗37休、幕内在位は60場所に及びます。幕内優勝こそありませんが、三役まで昇進し、長期間にわたって幕内で戦った実績は、指導者としても貴重な経験です。
引退後の2023年10月1日には、両国国技館で断髪式が行われました。日刊スポーツなどの報道によると、関係者約340人がはさみを入れ、現役時代の師匠である浅香山親方(元大関・魁皇)が止めばさみを入れています。
引退は競技者としての区切りでしたが、相撲との関わりが終わったわけではありません。現役時代に培った技術、番付を上げる苦労、けがや成績不振への向き合い方を、若い力士に伝える立場へと移行したのです。
【時系列で整理】友綱部屋から大島部屋への名称変更と名跡交換の真相
友綱親方をめぐる話で混乱しやすいのが、元魁聖の襲名と、友綱部屋から大島部屋への名称変更です。この2つは関連していますが、同じ出来事ではありません。
背景には、元関脇・魁輝と元関脇・旭天鵬が行った年寄名跡の交換があります。日本相撲協会の承認を経て、2017年と2022年に名跡が交換され、その結果、部屋の名称と師匠の名跡が変わりました。
| 時期 | 出来事 | 経緯と意味 |
|---|---|---|
| 2012年4月 | 旧大島部屋が閉鎖 | 師匠の定年に伴い閉鎖。所属力士らは友綱部屋へ移籍した。 |
| 2015年7月 | 旭天鵬が現役引退 | 年寄「大島」を襲名し、友綱部屋付きの親方となった。 |
| 2017年6月 | 旭天鵬と魁輝が名跡交換 | 旭天鵬が年寄「友綱」を襲名して友綱部屋を継承。魁輝は年寄「大島」となった。 |
| 2022年2月1日 | 再び名跡を交換 | 旭天鵬が年寄「大島」となり、友綱部屋を大島部屋へ改称。旧大島部屋の再興につながった。 |
| 2022年6月 | 魁輝が再雇用期間を終える | 名跡交換の相手だった魁輝は再雇用の期間を終え、協会を退職した。 |
| 2022年8月29日 | 魁聖が引退し、友綱を襲名 | 年寄「友綱」を継承し、当初は大島部屋付きの親方として活動した。 |
| 2023年6月 | 浅香山部屋へ移籍 | 友綱親方の所属先が変わり、以後は浅香山部屋付きの親方として活動している。 |
この経緯を理解するうえで重要なのは、2022年2月の名跡交換を行ったのが、元魁聖ではなく、元旭天鵬と元魁輝だったという点です。
2017年、元魁輝が定年を迎えるのを前に、元旭天鵬は年寄「大島」から「友綱」に名跡を変更し、友綱部屋を継承しました。一方、元魁輝は「大島」を名乗ることになりました。
その後、元旭天鵬は、2012年に閉鎖された旧大島部屋の再興を目指し、2022年2月に再び元魁輝と名跡を交換しました。元旭天鵬が「大島」に戻り、友綱部屋は大島部屋へと名称を変更しています。大島部屋の公式紹介でも、この経緯と再興の意義が説明されています。
ただし、2022年8月に友綱を襲名した元魁聖は、2月の名跡交換の当事者ではありません。元魁輝の再雇用期間が終了した後、元魁聖が年寄「友綱」を襲名したという流れです。
つまり、大島部屋への改称は元旭天鵬による旧大島部屋の再興、元魁聖の友綱襲名は年寄名跡の継承という、それぞれ異なる目的を持つ出来事でした。両者を分けて理解すると、複雑に見える継承の流れが整理できます。

【旭天鵬・魁輝・魁聖】3人の友綱親方をめぐる関係と違い
友綱親方を理解するには、元関脇・旭天鵬、元関脇・魁輝、元関脇・魁聖の3人の関係を整理することも欠かせません。3人はそれぞれ異なる時期に友綱の名跡や友綱部屋の運営に関わりました。
元関脇・魁輝は、長年にわたって友綱部屋を率いた師匠です。1989年に部屋を継承し、2017年に元旭天鵬と名跡を交換するまで友綱親方を務めました。その後は大島親方となり、2022年の再交換を経て、再雇用期間を終えています。
元関脇・旭天鵬は、2015年の引退後に大島親方となり、2017年に友綱部屋を継承しました。モンゴル出身力士として初めて部屋持ち親方となった人物で、2022年には大島部屋を再興しています。現在の大島部屋は、元旭天鵬が師匠を務める部屋です。
元関脇・魁聖は、友綱部屋に入門して力士として成長し、引退後に年寄「友綱」を襲名しました。現役時代には魁輝の指導を受け、その後は旭天鵬が師匠を務める時期にも所属力士として在籍していました。2022年の引退時には大島部屋に所属していましたが、2023年6月に浅香山部屋へ移籍しています。
3人の関係を整理すると、次のようになります。
- 魁輝:友綱部屋の元師匠。旭天鵬との名跡交換を通じて、大島部屋再興の流れにも関わった。
- 旭天鵬:友綱部屋を継承した後、大島部屋を再興。現在も大島部屋の師匠を務める。
- 魁聖:友綱の名跡を襲名した元力士。現在は浅香山部屋付きの親方として活動する。
ここで注意したいのは、年寄名跡を継承したからといって、必ずしも部屋の師匠になるわけではないことです。元魁聖は友綱の名跡を襲名しましたが、友綱部屋を経営する立場にはなっていません。襲名と部屋継承を同一視すると、3人の関係を誤解しやすくなります。
【歴代の友綱親方と部屋の歴史】年寄名跡は何を意味するのか
友綱という名前は、現役力士の四股名ではなく、日本相撲協会の年寄名跡のひとつです。年寄名跡は、引退した力士が親方として協会に残り、指導や運営に携わる際に用いる名称です。友綱の名跡は古くから受け継がれており、友綱部屋も江戸時代から続く歴史を持つ相撲部屋として知られています。
友綱部屋の系譜をたどると、その前身に高嶋部屋があり、元幕内・八甲山が築いた部屋の流れが関係しています。高嶋部屋の後継者となった小結・巴潟が友綱部屋を継承し、以後、複数の親方が名跡を受け継いできました。
友綱部屋からは、横綱・太刀山や大関・魁皇をはじめ、数々の力士が育ちました。元関脇・魁輝が師匠を務めた時代には、魁聖も関脇まで昇進しています。こうした実績が、友綱部屋の長い歴史を形作ってきました。
一方、年寄名跡の継承と部屋の運営は、制度上、分けて考える必要があります。年寄名跡は親方としての名称であり、相撲部屋は師匠が弟子を育成するための組織です。名跡を交換することは、文字どおりの部屋の売買を意味するわけではありません。
名跡交換は、関係する親方の意向だけで自由に成立するものではなく、日本相撲協会の承認を経て行われます。2017年と2022年の友綱・大島の交換も、部屋の継承や再興と結びついた手続きでした。
また、年寄名跡の名前が変わると、部屋の名称も変更される場合があります。2022年のケースでは、元旭天鵬が「大島」を名乗ることになったことで、友綱部屋が大島部屋に改称されました。部屋の名称だけを見ると組織そのものが突然変わったように感じられますが、実際には名跡の継承と師匠の交代を背景とする変化です。
友綱部屋から大島部屋への変更は、旧大島部屋の伝統を引き継ぎたいという意図と、親方の名跡交換が結びついた事例です。部屋の歴史を調べる際には、現在の名称だけでなく、師匠の現役時代の四股名、名跡の継承順、部屋の改称時期を併せて確認することが大切です。

【プロの結論】友綱親方の引退後の活動と後進育成に注目
友綱親方の引退後を考えるうえで注目したいのは、現役時代の実績だけでなく、異なる環境で培った経験を若い力士にどう伝えていくかという点です。
元魁聖は、ブラジルから日本へ渡り、初土俵から幕内、関脇へと昇進しました。その一方で、長い現役生活の終盤には成績の低迷も経験しています。昇進を目指す力士の気持ちだけでなく、番付が下がったときの葛藤や、引退を決断する難しさも知る親方です。
2023年の断髪式を報じた日刊スポーツは、友綱親方が目指す親方像として、厳しさだけでなく、若い力士が心のよりどころとできる存在になりたいという趣旨の抱負を伝えています。技術面の指導に加えて、力士が悩みを相談できる環境づくりにも意識を向けていることがうかがえます。
また、友綱親方は日本相撲協会の主任として、指導普及部・社会貢献部の職務にも携わっています。部屋付き親方の役割は、稽古場で弟子を指導することだけではありません。協会の仕事を通じて相撲の普及や社会との接点を支えることも、引退後の重要な活動のひとつです。
友綱親方の現在を追う際は、次の3点を判断基準にすると、古い情報と最新情報を混同しにくくなります。
- 所属先を確認する:2022年の引退当時は大島部屋、2023年6月以降は浅香山部屋です。
- 年寄名跡と部屋の師匠を区別する:友綱を襲名していても、友綱部屋の師匠とは限りません。
- 公式プロフィールの更新を確認する:現在の所属部屋や協会での役職は、日本相撲協会の年寄プロフィールと職務分掌で確認できます。
元魁聖の歩みは、現役引退が相撲人生の終わりではなく、指導者として新しい責任を担う出発点になり得ることを示しています。友綱の名跡を受け継いだ親方としての役割と、浅香山部屋付きの親方としての現在の活動を分けて捉えることが、正確な理解につながります。
【友綱親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:友綱親方は2026年現在、どこの部屋に所属していますか?
A1:元関脇・魁聖の友綱親方は、2026年現在、浅香山部屋に所属しています。2022年8月の引退直後は大島部屋付きでしたが、2023年6月に浅香山部屋へ移籍しました。
Q2:友綱部屋が大島部屋に変わったのはなぜですか?
A2:元関脇・旭天鵬と元関脇・魁輝が2022年2月に年寄名跡を交換し、旭天鵬が年寄「大島」を襲名したためです。2012年に閉鎖された旧大島部屋を再興することが、名称変更の背景にありました。
Q3:元魁聖の友綱親方は、現在の大島部屋の師匠ですか?
A3:いいえ。大島部屋の師匠は元関脇・旭天鵬の大島親方です。元魁聖の友綱親方は年寄「友綱」を襲名した後、浅香山部屋へ移籍しており、現在は大島部屋の師匠ではありません。
Q4:友綱親方と旭天鵬はどのような関係ですか?
A4:旭天鵬が友綱部屋の師匠を務めていた時期に、魁聖は同部屋の力士として所属していました。魁聖の引退時も旭天鵬が率いる大島部屋に在籍していましたが、友綱親方は2023年に浅香山部屋へ移籍しています。
Q5:年寄「友綱」を襲名すると、友綱部屋を継承できるのですか?
A5:必ずしもそうではありません。年寄名跡の襲名と相撲部屋の継承は、関連しながらも別のものです。元魁聖は友綱を襲名しましたが、友綱部屋の師匠には就任していません。
まとめ:友綱親方の現在と相撲部屋の継承を正しく理解する
元関脇・魁聖の友綱親方は、2022年8月に現役を引退して年寄「友綱」を襲名し、2023年6月に浅香山部屋へ移籍しました。2026年現在も日本相撲協会に在籍し、後進の指導や協会の業務に携わっています。
一方、友綱部屋から大島部屋への名称変更は、元旭天鵬と元魁輝による名跡交換と、旧大島部屋の再興を背景とする出来事です。元魁聖の襲名とは時期も目的も異なります。
友綱親方の情報を調べる際に最も重要なのは、年寄名跡、部屋の名称、親方の所属先を区別することです。現役時代の四股名や過去の所属部屋だけで判断せず、日本相撲協会の最新プロフィールと照らし合わせれば、複雑な継承の経緯も整理できます。
友綱の名跡には、歴代の親方が築いてきた相撲部屋の歴史が刻まれています。その伝統を理解することは、元魁聖の引退後の活動だけでなく、大島部屋をはじめとする相撲界の継承の仕組みを知る手がかりにもなります。 (出典: 友 綱 親方(Yahoo!ニュース))